みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

2014年に母をじしで亡くしてからの、娘の話。実験だったり、冒険だったり、メンタルが強かったり激よわだったりする話。

明るく中締めをした人

独身で彼氏彼女がお互いにいない

 

食パンマンと私。

 

孤独(こどく)に選ばれた人だね〜。

 

無事に収束(しゅうそく)したら、あそこのトンカツ食べたいね〜とお互い電話で言いながら

 

おかげさまで今もなんとか元気にしています。

 

お久しぶりです。

 

こんな平和な話から始まったけど

 

今日は中締め(なかじめ)ということで

 

初めて遺書(いしょ)を書きました。

 

書いたというか、おじさんにメールを送りました。

 

自分のコロナがいきなり悪化したり何かあった後だと遅いから

 

私は今も健康な保菌者(ほきんしゃ)だと思って生活をしているので

 

中締めの意味を込めて。

 

感謝の気持ちと色んな手続きの問題とかと、

 

もちろん生きてまたみんなと無事に会うつもり!という気持ちを書きました。

 

改めて不思議な状況ですね。

 

でもコロナより前の状況でも、いつ自分が事故に合うかもわからなかったから

 

遺書を書くことはそんなに悲観的(ひかんてき)な事でもない気もします。

 

おじさんになら理解してもらえるかな?と思って送る相手を選びましたが

 

病は気から!がモットーなおじさんにはかえって怒られるのかな?

 

どうだろう?

 

父や兄は多分わかっててもショックが大きいと思ったので送れませんでした。

 

へんな感じ。

 

でも健康で精神が安定している今でも

 

やっぱり書ききれない事が多い気がしました。

 

あとは夢で伝えるね。という気持ちになりました。

 

私だけ残ってしまうのも怖いから、

絶対に夢で会いに来て、色んなこと教えてね。

 

というのも、私が食パンマンにお願いしたことです。

 

🤔

 

中締めの遺書は書いたけど、

 

エアコンがこわれやすいので縦型(たてがた)のスリムな扇風機(せんぷうき)を最近買いました。

 

私は夏も生きる気☺️