みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

2014年に母をじしで亡くしてからの、娘の話。実験だったり、冒険だったり、メンタルが強かったり激よわだったりする話。

この2年の覚え書き

なんだかすごい2年だったなぁ、夢でもみてたのかなぁと九州での時間を思い返しながら

 

いまだに片付かない部屋で脱力しながら

 

例に漏れず、色んなことが自分の中で大きく変わった大事な時間だったなぁと考えています。

 

まず私の中の母への気持ちが前よりもずっと包括的になったというか。

 

母が亡くなった直後から、母との関係も含めて10から0の原点を目指して進んでいたけど、どこかのタイミングで折り返して

ちゃんとまた0から10の近くへ、そしてそこからまた先へ向かう準備がまた少し整ってきているような気持ちです。

 

いつもながら、分析なんてしてみているだけで言葉にするのも下手なので、あまり当てにはなりませんが😪

 

文章で書くことはとてもとても難しいけど、つまり、多分、亡くなる2ヶ月前までは難しい関係だった母と自分のこれまでを

8年かけてもっとずっと全体的に受けいれて、母のことも自分のことも二人の関係も、

もっとずっと大事に想うことができてきているのではないかというような事だとかです。

 

「全部受け止めよう」と言った、母と対面した時の兄の言葉の意味を

今なら少し、「もしかしたら、こういうことなのかもしれない」と思えるところがまた少し増えてきた気がする事だとかです。

 

これまでは、母が亡くなった九州に帰ることは自分にとって心の戦場に帰る様なもの。

辛いことの方が多かった場所。

でも、その場所や人の尊さや温かさをまた知っていく時間でもありました。

 

8年前には求められてもできなかったことを、今は今の自分にできる範囲の形でできたことで

おかげさまで、きっともう、そこについては後悔もありません。

 

元々関東で過ごしている間、本当にリラックスした時にしか出なかった方言も

九州からまた関東に戻った今は、引きずっているというわけではなく、そもそもあまり抵抗なく普通に方言を口にできる様になっていたりしていて

それを食パンくんが真似していたりします。

 

自分の中の何かがまたリラックスしてきたのかな?

と思っている、っていうつらつらな覚え書きです。

 

なんのまとまりもない文章でも、忘れないように書いておきたい😪😴