みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

私は今もこれからも、母とゆっくり手をつないでダンスする。居心地のいい場所だけを探し続けていくきろく。

7月、雨の富士登山

少し前、7月4日に目標にしていた富士山に登った。

 

マイカー規制がかかる前の富士宮ルートで、私たちにはここしかないタイミング。

 

事前の情報収集に雨の日に富士登山している様子をyoutubeで見て

 

「今は晴れの予報だけど、万が一こんなに雨が降っていて霧の中だったら修行だから引き返そうね」

 

と話していた、、、その後、晴れの予報は遠くの台風の影響を受けてどんどん変わり、動画の通り、雨と霧の中での富士登山になった(ひぇ)

 

結果、食パン君は軽めの高山病に。私は疲労は激しかったものの、無事二人ともほぼ休憩なしの雨の中登頂することができた。

 

 

雨の中だと何がつらいって、山小屋で何か食べる時ぐらいしか座ってしっかり休むことができないことだった。

 

その上前日の車中泊でも風が強くてなかなか寝付けず2人とも3、4時間は寝れたかな?という程度。

 

だんだん強くなる雨。そして汗冷えでレインウェアの中が超絶寒くなり、、

 

雨も寝不足も、肌に感じる不快さも見通しを立てづらい行動も、母を亡くしてからは私の大の苦手なところ。

 

(6年目くらいから徐々に良くなってきてはいた)

 

おまけに食パンまんは普段からなんとかなる思考の持ち主で気楽さに助けられることも多いのだけど、今回は特に事前の準備不足が目立ってしてしまって。

 

彼が何故か水や食料、何よりちゃんとしたレインウェアを用意せずに、途中の山小屋で買い足した100均っぽいレインコートで

 

鼠男のようになりながらなんとか登ったことが、この登山の一番の思い出になったかもしれない。

 

『なんでなん?』と言いながら私たちはびしょ濡れのままトイレの屋根の隅っこで、なんだかおかしくて写真を撮りながら爆笑した。

 

(おもしろかったけど、今後私たちの中では“レインウェア“という言葉は禁句になった)

 

笑って話せる思い出だけどこういう時に神経質なほど準備をする私と彼は正反対の性格なので

私にとってはひとつひとつが苦しいところでもあった。

 

以前の私だったら念願だった富士山に登れるチャンスだとしても、彼のこういうところがわかればわかるほど、山の怖さも知れば知るほど、怖くて彼と一緒には登れなかったと思う。

(登山練習の時に途中で別行動に切り替えたのは、主にこういう理由があったからだった)

 

彼はとてもおおらかで私に優しくいてくれるけど、私は慣れない登山で今まで彼の事をカバーできる余裕もなかったから、余計に。

 

でもいつもだったら避ける道を、どうかな?と思いながら進んでみた。

 

幸い水や食料、エナジードリンク系は彼に足りない分は私のリュックの中にあった。

 

ガチプロ登山講習を受けたり食パンくんと登山練習をして、少しでも登山の知識や体力をつけたおかげで少しだけメンタル的な余裕もあった。

 

そんな、私にとってはある意味苦手、不快、不調なことが大集合した上での、日本一の山、富士山。

 

感想は、、、

 

 

めっっちゃきつかった!!

 

私が遅いせいで山頂まで8時間もかかった。

 

でも、めっっっっちゃ楽しかった!!!

 

 

食パンいい加減にしろという時はあったけどw、

 

車の手配や運転、5合目までのダイハードみたいなハードスケジュールは彼のおかげでクリアできた。

 

彼がいないと富士山に登ることはもちろん、こんな面白い達成感は知らなかったのでスーパー感謝している。

 

今の私達には、全部がちょうどよかったのかもしれないよね。

 

あの雨の中でよくやったよね!と笑える思い出がまたできた。

 

はじめての雨の富士登山、これまでのいろんな苦手を一気に笑い飛ばしてまた少し自信に変えてくれたように思います。