みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

2014年に母をじしで亡くしてからの、娘の話。実験だったり、冒険だったり、メンタルが強かったり激よわだったりする話。

これがスタンド能力ですか

また時間が経ったので、前回ブログを書いた時よりもさらに気持ちは落ち着いてきた。

 

今の気持ちは、恋煩いみたいなものよりも心理士さんへの尊敬や信頼がまた深まった気がしていて

何よりこんなに楽しくて安心する心理士さんに巡り会えたことが嬉しい。

 

大好きには変わりないけど、今までの激しい感情の揺れは一体なんだったの?と思うくらい私の転移は穏やかになった。

 

やっぱりあれは引き起こされた感情なんだろうな。

 

なんだかんだで仕事も無事にできているし、

仕事の状況は変わらなくても自分や周りが変わっていってとても楽になって来ている。

 

実態がなくても心の中に入って開け閉めを手伝ってくれたり、分解したり整えたりできてしまう、心理士さんって遠距離型のスタンド使いなのでは?と思った。

 

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カウンセリングを始めてからの間に私自身や私の周りにいくつか起きた、嬉しい変化の中の一つを記録に残しておきたい。

 

まず前提として

私は母の洋服や着物を、それを着ていた当時の母と同じくらいの年齢の時に

綺麗に着こなせる自分になりたいという目標がある。

 

母が亡くなってから、もった目標である。

 

昔はよく母の部屋で母と一緒にファッションショーをして

 

『お母さんの洋服は○○が大人になった時にぜーんぶ着ていいんやけんね』

という話をしてくれた。

 

母が遺してくれた洋服や靴はどれも上質で素敵なものが多く、物によってはカラフル過ぎたりして

私自身がハッピーじゃないと着れないものが多いから

その時が来たらハッピーな自分でこれを着られる様に頑張ろうと思って過ごしていた。

 

20代が終わるまでには難関だったmissoniのニットのカラフルなワンピースを着る事ができた。

 

当時は記念に、免許更新の時の写真もそのワンピースで撮った。

 

身長も体重も手足のサイズもほぼ母と同じである事も相まって

 

私にとってその洋服達は大事なパズルのピースの様でもあり、目標を見せてくれたり現在地を教えてくれる指針のようだ。

 

今を最大限に私らしく生きていられたら着れる様になる洋服達だと思う。

 

それが当時の自分にとってどれだけ難しい事だったのか、どれだけの支えがあっての事だったのかもずっと忘れたくない。

 

そして30代の今、きっとそろそろこれじゃないかな?と思っていた母の秋冬の服をクリーニングして何着か着てみた。

 

新しく買い足したニットと合わせると母のLancettiの大人っぽい黒のスカートやパンツがとてもよくマッチした。

 

私はまだまだ未熟者だけど、

そんな中でもまたひとつ、目標にしていた自分に近づいた気がした。

 

これまでや今の大きくも小さくもすべての事や

改めて心理士さんと自分のことを振り返る時期が来ていることも大きく影響していると思う。

半強制的なダイエットも。

 

全部がまた繋がって母の洋服を着る事ができた時に

自分の中に少し母が見える瞬間がある。

って言ったらまた大袈裟かもしれないけど

 

やっぱり同じ遺伝子だから

そんな事もきっと、あるのかもしれないと思った。

 

母と一緒に生きている事を感じられた。

 

こう思える瞬間の気持ちも、ずっと覚えていたいなぁ。