みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

2014年に母をじしで亡くしてからの、娘の話。実験だったり、冒険だったり、メンタルが強かったり激よわだったりする話。

お互いに守られているという感覚

今日は初めてお休みの日に自宅からオンラインでのカウンセリングだった。

始まるまでは緊張したけど、カウンセリングの最中はとてもリラックスしていられたと思う。

終わってのクールダウンに今このブログを書こうとしている。

同じ机に向かったまま30分くらい回想して今に至る。

 

今日事前に用意していた、言えたら良いなと思っていたことは3つのうちひとつと半分くらい、伝える事ができた。充分だと思う。

 

この事が話せるまでにも心理士さんは、私が何かを確認できたらもっと安心できるのであれば、それはどんなことなのかを尋ねながら自分の話もしてくれた。

 

心理士さんの方から、自分で亡くなられる方、そうなってしまいそうな方に触れる話もあった。

心理士さんには心理士さんなりに、私たちはお互いに守られているから、話したい事を話して大丈夫ですよ。と思わせてくれるような内容だった。

 

そして気持ちの中にある階段を私1人で降りるのではなくて、一緒に降りようとしてくれるように感じた。

そんな一番安心できる話をしてもらえた様な気がする。

色んな事がもう早くからわかっていて、私が言える時になるのを今も待っていてくれているんだろうと思う。

 

そういった支えがあったおかげで、今日は初めて、お茶のお稽古の話にも助けられながら、死別したのは母だということを伝える事ができた。

 

亡くなった原因は私が今日はまだつらいから口に出せなかった。

言えない理由は心理士さんのおかげでまた少しシンプルになった。

 

母はライオンの子落としみたいに、いつも大きな試練を与えては信じて待っていてくれる。

時々その試練も存在も大きすぎて困っちゃうんです。と伝えた。

 

一歩一歩。

濃い50分だなぁ。