みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

2014年に母をじしで亡くしてからの、娘の話。実験だったり、冒険だったり、メンタルが強かったり激よわだったりする話。

自死遺族が笑って生きる姿は、誰かの自死の抑止力になるのか

ただタイトルの部分を考えるとすると、

これから自死を考える方にとっては、その姿って、あまり抑止力にならないのではないかなと思う時がある。

 

抑止力という言葉が合うかどうかもよくわからないのだけれど。。。

 

誰かを自死で亡くした後はどうしようもなく生きるのが辛く、地獄だということをストレートに伝えられた方が

遺された人がどういう人生を送ることになるかがわかるから、

今自死を考えている方も、ハッとして今日は考えを改めよう。と思う方はきっといらっしゃると思う。

 

そういう方にとって、今、私みたいな表現をする人は。。

 

表面だけを見られると、むしろ希死念慮を増長させてしまう可能性もあるのではないか、という私なりの恐れや懸念や不安がずっとある。

 

でも、自死で誰かを亡くした方にとっては、

こんな時代になってきたんだ。とか

今日は後追いをやめてもいいかな、と思う一瞬にほんの少しだけ、なり得るのかもしれないと思う時がある。

 

一人ではないと思えることは、命を長らえてくれる時もあると思うから。

 

こんなことをもう何年も考えている。

 

私が死なずに来れている理由の一つは

一番辛い時には死なないで、一生懸命生き切ってくれた母の姿を見せてもらっているから。

 

自死といっても考えれば考えるほど、人柄や人生が現れる物だなと思う。

 

誤解を恐れずに言っていいのなら、

自死は、全てが逃げではなくて、全てが追い込まれた末だけでもなくて

母の場合は

最後の大きな自由で、愛情で、遺る人への信頼でもあるのかもしれないなぁと、

思慮の浅い私は思っています。