ただタイトルの部分を考えるとすると、
これから自死を考える方にとっては、その姿って、あまり抑止力にならないのではないかなと思う時がある。
抑止力という言葉が合うかどうかもよくわからないのだけれど。。。
誰かを自死で亡くした後はどうしようもなく生きるのが辛く、地獄だということをストレートに伝えられた方が
遺された人がどういう人生を送ることになるかがわかるから、
今自死を考えている方も、ハッとして今日は考えを改めよう。と思う方はきっといらっしゃると思う。
そういう方にとって、今、私みたいな表現をする人は。。
表面だけを見られると、むしろ希死念慮を増長させてしまう可能性もあるのではないか、という私なりの恐れや懸念や不安がずっとある。
でも、自死で誰かを亡くした方にとっては、
こんな時代になってきたんだ。とか
今日は後追いをやめてもいいかな、と思う一瞬にほんの少しだけ、なり得るのかもしれないと思う時がある。
一人ではないと思えることは、命を長らえてくれる時もあると思うから。
こんなことをもう何年も考えている。
私が死なずに来れている理由の一つは
一番辛い時には死なないで、一生懸命生き切ってくれた母の姿を見せてもらっているから。
自死といっても考えれば考えるほど、人柄や人生が現れる物だなと思う。
誤解を恐れずに言っていいのなら、
自死は、全てが逃げではなくて、全てが追い込まれた末だけでもなくて
母の場合は
最後の大きな自由で、愛情で、遺る人への信頼でもあるのかもしれないなぁと、
思慮の浅い私は思っています。