グリーフをまんなかにして生きることしか
道がなかったとも言える私を見て
感情に振り回され、母が亡くなった哀しみにいつまでもしがみついていると
心配が嫌悪に変わっている兄。
上手く言えないけど、こういう人も世の中には多分一定数いる。
母の死のことや、亡くなり方のことをキッパリと忘れて生きろとか
それが起こる前にお前がやりたかった事は何だとかって話を
先日東京駅の地下で、数時間にわたって兄と歩きながら話をしていたのです。
同じところを何度も歩き回って
余分なエネルギーを発散しつつ
お互いに顔も見たくなくなって
喉もカラカラになり、途中ポカリ休憩を挟み
久しぶりに口論とも言える話し合い。
途中、大きな声で話している酔っぱらいとすれ違い
「あの声量でこのくらいの速度ですれ違った人なら、会話内容はわからないか」
とかって現実的な恥ずかしさを計る自分。
絶対知り合いには会いたくない状況だったけど
もしもすれ違った方がいらっしゃったら
あれも私達の家族の形ですのでやんわり見守っていただけると嬉しいです(恥)
なんでも言い合う。
ぶつかり合うのも家族。というのが昔から母の方針なので
私達はこれも日常。
ただ、
感傷的になるわけではないけど改めて思う。
母が亡くなる前にやりたかった事など、もうないんだよ。
実際にそれ以前の事をあまり覚えていない。
人生が変わるっていうのは、そういうことでもあると思う。
言いたいことは言い合うけど、
家族同士だと一層、心配、現実、将来のこと、諸々が加わるから
純粋な哀しみや辛さ、弱さを打ち明けることが私には難しい。
むしろ純粋に笑うことすら私にはずっと難しい。
と書いていて、なんだか矛盾していることに気づく。
家族と接する時、私は強さが必要なんだなぁ。
そんな不器用な家族間だけでは守れない気持ちがあるから
第3の居場所が私には必要だった事を改めて今思い返している。