みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

2014年に母をじしで亡くしてからの、娘の話。実験だったり、冒険だったり、メンタルが強かったり激よわだったりする話。

約10年越しのありがとう。

去年の秋頃から再開した、アメリカ人の女友達との言語交換。

 

数年ぶりに再開してかれこれ数ヶ月が過ぎた。

 

最近は2週間に1回、オンラインで2〜3時間、

お互いの言語を交換して最近の事を話すのが定着している。

 

ミネソタと日本の時差、そして冬時間の関係で

スケジュールが本来とてもタイトながら楽しくてつい時間をオーバーする。

 

彼女とは10年ほど前のガリガリのボロボロの状態で半年暮らした石垣島で出会い😂、

仲の良かった4人で暇さえあれば海にもぐり

ビーチで言語交換の途中から髪を切ってあげたり(適当でいいと言うので)

 

海ばたの道でお行儀も何もかも無視してショートケーキを食べながら歩き

「こんなこと東京ではできない!」と言って笑ったり

 

バーベキューの時100円で買ってきた包丁に

【GALAXY】と真面目に刻印されているのを見てツボにはまったりした。

 

とにかくいつも彼女といるとくだらないことで一緒に笑っている思い出が多く、

それは何年経っても色褪せない。

 

賢くてなんだかシュールな事を言う、私の尊敬する女性。

 

去年の秋の、言語交換を再開した初日、

私は真面目な話をしたいと切り出して

初めて母のことを彼女に伝えた。

 

それは彼女やみんなとのあの半年間にどれだけ助けてもらったかわからないと

ありがとうと伝えるため。

 

 

これなんだよなぁ。

 

これなんだよなぁぁ。

 

 

じしで家族を亡くした苦しさにも色々ながら

 

本当の事がなかなか言えない苦しみの中には

だからこそあの時あなたに助けられたんだよという、

ありがとうでは伝えきれない感謝も、口にできない苦しみが私にはあった。

 

言う機会はいくらでもあったのに、10年近く、それが苦しくてできなかった。

ずっと彼女に言えていないことがもどかしかった。

でも、やっと伝えることができた。

 

彼女が返してくれた言葉やその時の表情も決して大袈裟ではなく

そんな彼女だから私は心地いいんだろうなぁと思う。

 

私達はお互いに自分達は今もすごく子どもみたいだと言うけど、

それでもやっぱり、少し成長したみたいだ。