みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

2014年に母をじしで亡くしてからの、娘の話。実験だったり、冒険だったり、メンタルが強かったり激よわだったりする話。

治に居て乱を忘れず、乱に居て治を思え

父がよく話してくれる孔子の言葉をぐるぐる思い出しながら

 

有給を取らせてもらった今日、

そろそろ昨日買っておいたりんごを剥こうかなと考えている。

 

昨日から久しぶりに発作的に涙が止まらなくなっている。

 

私は母が亡くなって以来この大きな発作みたいな気持ちの揺れと涙とセットで生きているのだけど、

8年か9年を過ぎて、起きる間隔はどんどん長くなった。

 

こう大きいのは一年半くらいぶり。

 

昨日は久しぶりに仕事中に始まったものだから、隠さなきゃいけないと思う気持ちや、仕事も進めなきゃいけない焦りや諸々で難しかった。

 

マスクはこういう時本当に助かる。

 

とりあえずお手洗いに出て波が少し落ち着いた合間に、相談しやすい上司にチャットで状況と仕事の進捗を本当にざっくりと報告した。

 

その後上司が席まで来て気遣ってくれた。

 

おかげで気持ちはだいぶ落ち着いて、心理士さんに苦しい事をチャットで伝える事も出来た。

 

涙が出始めたきっかけも乱文ながら伝えて、カウンセリングの日を早めてくれる様にもお願いした。

 

それが出来たら、なんだったんだろうと思うくらいの私の中では怒涛の数時間がやっと落ち着いてくれた。

 

仕事が終われば何も伝えていない食パンくんとラーメン二郎と吉村家の会話をしながらいつも通り帰ったり

 

夜はzoomでサークルのみんなとミーティングがあったり、またいつも通り顔を合わせて笑って過ごしていた。

 

苦しいって伝える事は今も変わらず勇気がいる事だけど、求めたら助けてくれる人がちゃんといてくれて、おかげで今日も会いたい人達に会える。

 

感謝は生きてる中で返したいから、心配しすぎないで下さいね。といつも、聞かれないけど思われていそうな事を心の中で返している。

 

 

母について考えることも多く、もらっているものも多いからか、私は自分自身も死にとても近いんだけど、だからこそ反対にとても遠くも感じる。

 

そして生きる強さみたいなものも、とても弱いけど、とても強い。

 

母をじしで亡くしてからは余計に、自分は不思議な生き物だなぁと思う事が増えた。

 

まだ乱文。まだ敏感。頭痛もする。

 

一年半ぶりの波、まだ底までは行ってない気がするけど、来るのかな。

 

来た時はうまく付き合えたら良いな。

 

(りんごが美味しい)